一般的には、大学に入学してから、一般教養課程2年間を修了すると、専門課程に移行します。しかし彼らは、それ以前に、一般教養は程々に、芸術運動・哲学をこよなく愛し、建築芸術の世界へ、ドップリ浸かって行くのです。
専門課程の3年生になると、卒業設計・卒業研究の指導を仰ぎたい研究室に出入りするようになります。大学院生や4年生の設計製図等のお手伝いをし、有名アトリエ事務所のアルバイトで徘徊をし、人脈を増やしていくのです。
3年生の後半には、建築設計業界の登竜門であるアイデアコンペに、一人で参加するようになります。その後、大学院修士のころには、1・2度はコンペ入選の実績を持ち、教授からも応援して頂けるようになるのです。
大学院修士課程を修了すると、その時の経済状況にもよりますが、博士課程への進学か、有名アトリエ事務所に就職するかで悩みますが、研究よりも実施の道を選択するケースが多いようです。
有名アトリエ事務所に就職すると、毎日終電まで残業の日々です。土日もありません。やらされる作業は、模型づくりかトイレ・階段だけの設計の毎日。アトリエ事務所のボスが納得するまで、ひたすら、書き続けるのです。何枚も何枚も。時には、30種類以上もの詳細図プランを描き、採用されればいい方で、先輩所員に指導され訂正されて、自分のデザインは、殆ど無くなってしまいます。
入所後3年ぐらいで、設計チーフのアシスタント。30歳を超えるころに、チーフになれれば優秀な方です。普通は、35前後でチーフとなり、やっと、一物件任されるようになります。
40歳を超えると、事務所の経営や組織的な問題もあり、独立を進められるのです。これが、いわゆる設計事務所のノレン分けです。独立当初は、所属事務所のボス(先生)の後押しもあり、設計受注もそこそこあるので安心です。
独立と同時に、母校から、安い報酬で非常勤講師の依頼があり、10年程度は恩返しというところでしょうか。そのころになると、建築専門雑誌から、掲載記事の依頼かあったり、知人の紹介などで、仕事も順調そのもの。出来た作品は、有名建築賞をソウナメなんて・・・?
講師として教えている大学では、生徒に崇拝され、益々鼻が伸び、一般世間とは、かけ離れていきます。しかし、講演会の依頼もあり、ジャーナリズムに乗ってしまった彼らを止める人は、誰もいませんし、高嶺の花と化してしまい、敷居が高い建築家と思われてしまうのでしょうか。